胡平『言論の自由と中国の民主』

本書は、200964日に出版されている。

訳者が本論文の翻訳に着手したのは2008年の秋とのことだが、天安門事件二十周年の日に見事に間に合わせたわけである。

僕としても、できれば64日に読了したかったのだが、生来の怠け者ゆえ叶わなかった。/

 

 

◯著者略歴、本論文の経緯

胡平は、1947年、北京に生まれ、文化大革命に際し、四川省の農村に5年間下放された。

78年、北京大学修士課程に入学し、民主化運動「北京の春」に参加。

75年、本論文の第1稿を書き、「北京の春」の79年には、第4稿を雑誌「沃土」に発表、壁新聞で公開した。

その後、胡平は政治体制改革論議が急速に後退していく中で、87アメリカに留学し、ハーバード大学博士課程に入学。以後、アメリカに留まる。

89年、天安門事件に際し、アメリカから「中国の大学生に宛てた公開書簡」を送った。

中国民主団結連盟主席、雑誌『北京の春』編集主幹などを歴任。/

 

 

◯本論文の内容

 

【そして、とうとう、私は、言論の自由こそが最も重要な問題であるという結論に達した。なぜなら、全体主義的統治(略)は、全面的な思想統制の助けを借りて、無比強大なものへと変容しているが、それは、言論の自由の原則を公に否認できないために、自らのきわめて虚弱な一面をもさらけ出しているからである。ひとたび、人々の思想・言論に対する統制を失えば、全体主義的統治(略)は、その力量のすべてを喪失するであろう。】/

 

 

【さらに、「六四」の大虐殺を境にして、中国共産党政権がこれまでずっと標榜してきた「人民の政府」という神話は完全に崩壊し、中国共産党政権は赤裸々な暴力統治にその姿を変容させた。暴力統治は、多数の民衆が政治的に消極・冷淡になり、犬儒主義(シニシズム)が流行することを意味している。】/

 

 

【このようにマルクス主義を未来の世界を含む一切の答案の中で神の著作とみなすのは、明らかに宗教崇拝の表現の一つである。】/

 

 

プーシキン(略)は、ロシア皇帝エカチェリーナ2世の治世時に彼女について論じたことがある。「もし、政治が人々の弱点を利用して彼らを管理する芸術であるとすれば、彼女は、偉大な政治家の一人であるといえよう。」この言葉は、ある意義において、専制統治の奥妙を暴露している。人々の弱点とは何か。ゴーリキー(略)は名言を残している。「人類の最大の敵は、彼自身の意志の薄弱と愚昧である。反対に、我々は、民主実現の秘密も知っている。それは、勇敢と賢明である。」(『ロシア文学史』)。】/

 

 

アインシュタイン(略)の「もし、ドイツの知識人が、ヒトラーに忠誠を誓うよりも監獄に入ることを望んだのであれば、ドイツの悲劇は繰り返されなかったであろう」という発言も正しい。】/

 

 

【民主は、生産を促進するという利点があるだけでなく、それ自身に価値がある。人の尊厳、人の権利、人間性の調和のとれた自由な発展は、決してただの空論ではない。それゆえ、民主を放棄する代わりに経済の進歩を得るということは、必ずやきわめて大きな害悪を残すことになろう。】/

 

 

アリストテレス(略)は、次のように指摘している。「様々な動物の中で、唯一人間のみが言語の機能を具えている。声は喜びと悲しみを表現することができる。一般の動物は、すべて発声の機能を有しており、彼らは、この機能を用いて、それぞれの喜怒哀楽を相互に伝達することができる。しかしながら、あることが有益かそれとも有害か、正義に合致するかそれとも合致しないか、これらは、言語を用いて説明しなければならない。人類が他の動物と異なるのは、人類が、善悪是非・正義不正義の認識について、言語を用いて相互に伝達・交流することができるところにある」(『政治学』)】/

 

 

◯批判点

レーニンへの評価が甘過ぎる点は指摘しておきたい。/

 

【偉大なるレーニンが、一貫して正確な路線を堅持することができたのは、彼が反対派を取り締まらなかったという英明な措置と切り離すことができない。】/

 

 

レーニンは「粛清」を行わなかったが、ソビエト政権はそれでも困難な状況を乗り越えた。】/

 

 

これらの部分だが、実際にはレーニンは、反ボリシェヴィキ勢力による政権転覆を防止するため、秘密警察組織チェーカー)の創設を命じた。

レーニンは旧体制を転覆し、革命の成功を確実にするには恐怖と暴力が不可欠であると提唱し、死刑撤廃にも強く反対した。

また、レーニンは農民の反乱を鎮圧するため「最低でも100人の名の知れた富農、金持ち、吸血者」を公衆の目前で絞首刑にするよう命じた。(ウィキペディアより。)

 

 

◯本書の意義

言論の自由は、ほぼ確立されているかのように思われるこの日本においても、2016年には高市総務大臣が放送局の「停波」に言及している。/

 

【「国論を二分する政治課題で一方の政治的見解を取り上げず、ことさらに他の見解のみを取り上げてそれを支持する内容」に対し、「行政指導しても全く改善されず、公共の電波を使って繰り返される場合、それに対して何の対応もしない(停波を行わない)と約束するわけにいかない」と発言した。】(「2016年の「放送界」を振り返る・・撤回されていない高市総務相「停波」発言」2016/12/28碓井広義)/

 

 

ちなみに、2021年の世界報道自由度ランキングを見てみると、日本は67位と決して高くはない。(中国:177位。ロシア:150位。)

これらの点からも、本書が読み継がれる意味はあると言えるのではないか。/